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2011年7月27日 (水)

余市「旧下ヨイチ・運上家」

 きょうは夕方にかけて、少しひと雨欲しいお天気模様でした。
今(午後8時半ですが)気温24℃。薄暗くなってから買い物で
近くのスーパー迄行きましたが、汗をかいてしまいました。
冷えた麦茶が美味しい!   ビールではない!ホント!

復元・北前船「みちのく丸」を観ましてから関連するパンフレットを
読んでいました。
この頃は、港町小樽でも死語となってしまったように、沖仲仕や
回船問屋の話は聞かれなくなりました。子供の頃、立派な邸宅が
近くに建っていましたが、「おきなかし」の家ということだけで、
どのような仕事をしていたのか・・・知りませんでした。
「小樽まつり」になりますと、高張提灯を揚げておりました。

おそらく北前船が港に入り荷移しに沢山の人夫を要したのでしょう。
采配をしていたのが沖仲仕だったのでしょうね。

隣り町「余市町」に国指定史蹟 重要文化財
「旧下ヨイチ運上家」あり、行って参りました。
松前藩が置かれ、農業に経済基盤をもてない藩でしたから商人が
交易に携わり、高い運上金を支払って力を得、漁業場所や商う
場所を拡大していったのです。交易船イコール北前船から得る
税金を松前藩に納める役どころが「旧下ヨイチ運上家」で担って
いたと推察しております。
上ヨイチ場所(運上屋)と下ヨイチ(運上屋)がありましたが、
現存する「旧下ヨイチ運上屋」が全国唯一の運上屋遺構です。

* パンプレットでは「旧下ヨイチ運上家」となっています。
嘉永6年(1865)に当時の場所請負人竹屋長左衛門が改築した
古図面を元に復元したものだそうです。
間口40M、奥行き16M、建築面積540㎡(164坪)。
運上屋を拠点にして、蝦夷地の開拓、道路の開発と、北海道も
アイヌの人々との交流も盛んになりますが、一方ではアイヌの
人々から、土地を奪うということも起きてしまいました。

余市~岩内間の山道は文化6年(1806)に余市・岩内・古宇の
場所請負人によって開かれ海の難所「神威岬」を通らずこの頃
すでに山道を通れたそうです。

  7/23 映像を少しご覧下さい。

Yoiti_1 旧下ヨイチ運上家・・・現存する部分

Yoiti_4 中へ入りますと慣れるまで真っ暗な感じ!
窓から入る自然の明りが面白い蔭を
映しています。

Yoiti_5 暗くて「フラッシュ!居間でしょうか・・・
階段(梯子のような・・・)を上ると寝床部屋

Yoiti_11 大切な「帳場」。

Yoiti_7 遠山の金さんの父上も、開拓に
携っていたそうです。
ちらり「その人らしきお人が・・・・

Yoiti_6_2  縁側から裏のお庭拝見・・・

Img_1470546_50874742_1 外へ出ると、ハマナスそっと咲いていた♪
*小樽から車ですと余市町に入り、
国道5号線、左に折れて余市駅方面へ向かわず
真っ直ぐ余市川に架かる「大川橋」を渡る。
余市マリーナを目指して進むと間もなくの所。
余市郡余市町入船町10   入場料 300円


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コメント

  好好爺様
 拙い文章をお読み下さいまして恐縮しております。
コメント、ありがとうございます。

何も知らないで通り過ぎますと、単に古い家で終わってしまいますが、
余市・積丹、又、小樽でも祝津・高島には「旧ヨイチ運上家」のような
建築物をよく見かけました。最近、修復された家屋もありますが、
大方は朽ちてしまったり、若い世代になり新築してしまったりと、
無くなってしまいました。私の様な素人でも、建築構造の素晴らしさには
目を見張ってしまいます。

ちょうど行っていない北海道の小樽、余市、積丹。
今までの記事と写真に誘発されていますが、
今回の記事も感銘しました。
とても詳しくよく分かります。
拝見してからますます訪れたくなりました。

2枚目の写真、好いですね ^^

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