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2010年2月 3日 (水)

節分

 今日は節分。明日は、立春と言うのにこの冬一番の寒さで、
小樽朝6時の気温が零下13度。
日中でも、零下8度で、外出時、耳が痛くなりました。

節分に、大豆を煎って神棚にお供えし、父が豆まき、年の数を拾って
食べた楽しい思い出があります。父も母もまだ20代。その頃暮らして
居た家の佇まいまで懐かしく思います。私は5歳位・・・。

かって夫の赴任先で、小学校へ通っていた次女でしたか・・・帰宅して
「ここでは豆まきはしないそうよ」と言うのです。「なぜ?」「知らない」。

後日、担任の先生にお聞きしましたら・・・
この地の家庭は、父親は勿論ですが両親共に出稼ぎ家庭が多いので
家の者が出ているので「豆まき」はしない・・・と言うことでした。

当時、職安(ハロー・ワーク)扱いの中学卒業者全国一、高校進学率
全国でも最低地域。出稼ぎで起こる様々な家庭問題を少しでも緩和
すべくその一つとして高校を新設、前浜での養殖事業をと当時の
町関係者が考え、プロジェクト・チームを組んだ中に、夫も携わって
いたのですが・・・今、この地域はどうなっているのでしょう。
・・・高校は昨年春で33年の幕を閉じ、町も近くの市に合併しました。
・・・「豆まき」はしているでしょうか。

どうかみんながお幸せに暮らせますようにと、節分になるといつも、
懐かしく、この地のことを思い出します。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

寅次郎様、コメントありがとうございます。
幼い日の楽しかったことを、時に触れ思い出すのは幸せなことですね。
寅次郎様は、ご近所の方々にも可愛がられてお育ちでしょう。
「豆まき」の可愛い様子想像しております。

私の場合・・裕福ではなくて貧乏に近かったのですが、その中でも沢山の
楽しい思い出を残してくれた両親だったと思います。お祭も
好きな父で、近くの小さなお宮のお祭には、子供相撲の行司も
しておりました。後のお酒は楽しかったようですよ。母が、
「お父さんは、お酒飲まなきゃいい人なんだけど・・」が口癖でした(笑)。

hiroさん、こんにちは。
私の豆まきの思い出は東京葛飾区に住んでいた幼い頃にあります。
当時、ご近所に二人暮しのお爺さん、お婆さんがおられまして、そのお二人から『是非に・・・。』と毎年頼まれまして、幼い寅次郎が出張?して『福は内』、『鬼は外』と声を出して豆を撒きました。
帰りにお菓子などのご褒美をいただくのが楽しみでした。
60年くらい前のことです。

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